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カジュアルな天才性

必要以上に売上ばかり追い求めるのは罪だと思う。SDGsカードゲームと資本主義の限界

こんばんは、榊原です。

私は前の会社で研修の一環としてSDGsカードゲームというものに参加させてもらったことがあります。
子供でもできるような簡単なカードゲームなのですが、そこで「自分の目標だけを達成していこうとすること」がいかに無意味かを思い知ったのです。
無意味というか、もはや罪。害悪なんです。
同じゲームをやっても学びは人それぞれだと思うのですが、私はこれをきかっけに「自分の情熱と時間の使い方を改めていこう」と決めました。

SDGsカードゲームとは

ルールはいたってシンプルです。与えられたお金と時間を使って、プロジェクト活動を行うことで、最終的にゴールを達成するというものです。

https://imacocollabo.or.jp/games/2030sdgs/

公式ページの説明にもある通り、国に見立てたチームに分かれて「お金」「時間」「環境保護」など、それぞれ異なる目標に向けて自分の手持ちのリソースを使って、より豊かになるためのプロジェクトを回していきます
手持ちのリソースが足りないときは、余っているリソースを他国と交換し合うなど、交渉スキルが求められます。
各国独自の目標だけでなく、世界全体にも目標の目安も掲げられていて、社会の状況がでどれだけよくなっているかが全体を通して見えるようになっているのです。

資本主義のボトルネックは、お金ではなく・・・

このシンプルなゲームを、私の前職である、バリバリ優秀な外資系エリートコンサルタントたちが取り組んだ結果、あまりにも優秀すぎてあっという間に各自目標を達成してしまったのでした。
それだけではなく、余ったゲーム時間で余剰プロジェクトをガンガン達成させたので世界全体の目標も高水準で達成できました。
ただ、1つの国を除いては。
なんと、この1つの国は手持ちのリソースがすっからかんでゲームオーバーになったのです。
どうして他の国が目標を達成できているのに、この国だけは達成できなかったのでしょうか。

私たちは頭をひねりましたが、ゲームマスターの言葉にハッとしたんです。
「皆さんの目標達成は、この1つの国の犠牲の上に成り立っているんですね」

この負けた国が目標にしていたのは、「時間」をより多く集めることでした。
このゲームは、例えば「お金」は投資をすれば投資をした以上に返ってきますが、「時間」のリソースは基本的には消費された以上には戻ってこない仕組みになっていたのです。
現実と同様、ボトルネックになるのは「お金」ではなく「時間」です。
つまり、私たちは目標を達成した後に各国が「お金が余っているから」といって余剰リソースを使ってプロジェクトを回したがために、「時間」を集める国からある意味搾取をしてしまい、1人負けの状況を作ってしまったのでした。

ボトルネックに集中すること

この状況って、今の社会にも当てはまると思いません?
世界全体を見渡さずに、目の前の会社の目標、自分一人の安全や豊かさだけを追求することが正義かのような。
でもそれはどこかで「1人負け」する人を生み出しているかもしれないし、いつか私が「1人負け」する人になってしまうかもしれません。

では、すべての国が目標を達成していくにはどうしたらよかったのでしょうか
例えば、最初からゲームを取り仕切る人を立てて、ボトルネックとなるリソースを食いつぶさず全員が目標を達成できるように厳密にトレードを管理するやり方もあると思います。
しかし、ゲームをやってみた実感としては、そんなことしても全然面白くないんです(笑)
多分現実世界でもそんなことは無理でしょう(やろうとしている人もいますが・・・)

長くなってしまったので、アクションプランは次回書いていきたいと思います。
ご感想はコメント欄にどうぞ♪

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