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カジュアルな天才性

必要以上に売上ばかり追い求めるのは罪だと思う。SDGsカードゲームと資本主義の限界②

こんばんは、榊原です。

前回の記事の続きです。
SDGsカードゲームの話から、世界のボトルネックは「お金」ではなく「時間」で、「1人負け」の状況を作らずに全ての国が目標を達成していくためにはどうしたらいいか、という話をしました。

余ったリソースで人を助ける

既に世界には全ての国が目標を達成するのに十分なリソースがあったにも関わらず、1人負けの状況を生み出してしまったのは、各国が自分の目標以上のことを達成しようとして他国のリソースを食いつぶしてしまったためでした。
どこかの国が、自分の目標を達成した後に余ったリソースで手助けをしてくれていたら、すべての国が目標を達成できていたかもしれないのです。

これを具体的に、個人の行動レベルで表現すると、「生活に必要なことをする時間以外は、全てそれらが足りない人のために使おう」ということになります。

とはいえ、そんなことを言われても「はいそうですか」と他者を援助したい気持ちになる人はなかなかいないですよね。
そんな高尚な気持ちになれる人はよっぽどの人格者だと思います。

だからまずは、「何が何でも目の前にあるプロジェクトに取り掛からなくちゃ」「去年よりもっと沢山稼がなくちゃ」というような焦りのようなものを手放していきたいんです。

必要以上に儲けることが罪なのは、その過程で人の時間を食うから

ビジネス規模を拡大するためには、どうしても仕組化が必要です。
つまり、自分以外の人の労働力をあてにして時間をもらう必要があるということです。

そのビジネスは、他人の時間を食ってでも拡大しないといけないことなのか
そのビジネスは、相手の生きがいになっているのか
そのビジネスは、相手が「他のことをやる時間」をあきらめてでもやる価値のあることなのか

これはお客さんにも同じことが言えます。他の製品を買うチャンスを見逃してでも、この製品を買う価値は、意味はあるのか。

ビジネスが、私にとっても相手にとっても、全方向で相互援助になる形を目指しさえすれば「いらないプロジェクトを達成しまくって他人の時間を食いつぶす」なんてことにはならないと思うのです。

相互援助はシナジーを生み出しますが、自分自身と相手が、何を持っていて何を欲しているかを熟知していないともたらされません。

そのビジネスの目的は何なのか

企業に勤めていると、つい上から言われた数値目標にばかり囚われてしまって、自分自身や相手の人生にとってこの仕事がどんな意味を持つのか考えることをつい忘れてしまいがちだと思います。
目の前のクライアントや従業員が見えていないから、「今季売り上げ〇%向上するぞ!」「市場占有率1位を目指す!」みたいな、自己保存的目標にとらわれて目が曇ってしまいやすいのだと思います。

でも、これがまさに世界に1人負けを作り出す元凶となる「余剰なプロジェクトを達成したい症候群」の行動ではないでしょうか・・・

お金をたくさん手にすることが悪いのではないです。
でもそれだけを目標にすると、結果的にいらないことをして世界の足を引っ張るかもしれない
ついでに言えば競争自体も悪いことじゃないです。

でもそれが「人生の目的」なわけなくないですか?
多くの人にとっては、「より良く生きること」が最上位の目標なのであって、その目標を達成するための一つの側面として沢山お金を稼いだり、競争することがあるだけだと思うんです。

自分の人生の時間を、どんな目的のために使っていきますか?
アウトプットはコメント欄にどうぞ♪

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